ナカミヱズログ

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遠仕文官フィリーネのドキドキ☆貴族院五年生


原作番外編『ハンネローレの貴族院五年生』の時間軸(4話の後)。なんでも読みたい方向け。ダームエルと婚約済のフィリーネに対してほんのり友達以上を感じているユーディット視点のユデフィリ。ほんの少しだけ破廉恥です。


 ローゼマイン様との会合であるお食事が終わると、フィリーネはすぐにお仕事を始めました。指示待ちで止めていたぶんをまとめて済ませてしまいたいと、はりきって紙の山に向かっています。

 ……紙なのに山なのです。

 同じ高さの木札だったとしても大変な量ですのに、フィリーネは全く動じずに片付けて行きます。
 全てが書類ではなく、目を通すだけのお話も多いから大したことではないとフィリーネは言っていましたが、お話であっても誤字などがないか慎重に読まなければいけないのです。
 いくらあの、フェルディナンド様やハルトムートの一族や、結果的に無茶振りをしがちなローゼマイン様などに鍛えられ、たくさんのお仕事をこなせるようになったフィリーネでも、根を詰めすぎではないでしょうか。それに、ちょっとしたお話をする時間も取れないのは寂しいです。

 ……わたくしはもう、六年生なのですよ。

 貴族院でフィリーネと共同のお部屋を使えるのは今年が最後になりますし、春になれば隣の領地のローゼマイン様の元に参ります。さらに一年後、フィリーネが成人すればまた一緒にお仕えすることができるかも知れませんが、フィリーネの移動の準備はわたくしよりも大変なはずです。フィリーネがエーレンフェストを出るよりも先に、わたくしのほうが結婚のため戻る可能性も高いでしょう。わたくし達が一緒にいられる時間はもう、この冬くらいしかないのです。

 ……わたくしとお別れしても、フィリーネは気にならないのでしょうか?

 胸が押されるような、軽く息が詰まるような不快感に、わたくしは首を振りました。

 ……そんなことはないでしょう。

 こんな考えが頭に浮かんでしまうなんて、八つ当たりみたいなものです。そうわかっていても、平然とお仕事をしているように見えるフィリーネの姿に、わたくしの心は波立ってしまいます。
 わたくしは子供じみた感情を持て余したまま、寝台に入りました。


 今日は土の日。講義のないお休みの日です。そのせいか、昨晩のフィリーネはいつもよりさらにお仕事に打ち込んでいました。就寝ぎりぎりまで本を読んでいらしたローゼマイン様をも超えそうな勢いでペンを走らせていたのです。あれでは起きるのがいつになるかわからないのではないでしょうか。
 案の定、フィリーネは二の鐘が鳴っても起きてきませんでした。フィリーネの側仕えのイズベルガも、フィリーネが頑張っているのをよく知っていますし、本当に差し障りの出てくる時間を知っていますから、厳しく起こしたりはしません。
 目が合ったわたくしに「困ったこと」とおどけるように笑いかけると、イズベルガはフィリーネが眠っていてもできる仕事をはじめました。

 わたくしが食堂から戻っても、フィリーネはまだ寝台から出てきていませんでした。これ以上寝ていては朝食をとりそびれてしまいます。さすがに起こす必要があるでしょう。寝台に向かおうとしたイズベルガを、わたくしは呼び止めました。

「わたくしにまかせていただけませんか?」

 イズベルガは一瞬目を丸くしましたが、すぐにクスリと笑って、わたくしを通すように一歩下がってくれました。

「フィリーネ、失礼しますよ」

 天蓋の下に入ると、フィリーネは横向きに軽く身体を丸め、顔だけを少し天に向けた格好で寝息を立てていました。小柄なフィリーネがこうしていると、子供のようでとても可愛らしいです。大人びた雰囲気を望んでいる本人には気の毒ですが、顔立ちから考えてもフィリーネは少女の面影を持ったまま成人するでしょう。わたくしはそれも悪くないと思うのですが……

 ……まったく、ダームエルは罪作りです。

 状況に追い詰められてようやくフィリーネと婚約したダームエルですが、いまだにフィリーネの心を完全に掴めてはいないようで、フィリーネは時々ブリギッテ様と自分を比べて気を落としています。
 ダームエルの気持ちがフィリーネに移っていることは側から見ているわたくしにもわかることですのに、肝心のフィリーネに伝わっていないのです。もうブリギッテ様を求めてはいないとはっきり言ってしまえばいいと思うのですが、ダームエルは自分がフィリーネの夫として不足があると考えていて強く出られないようなのです。
 ダームエルらしいと言えばダームエルらしいですが、不甲斐なさを感じてしまうのはどうしようもありません。

 ……ダームエルにはもったいないような気がしてきました。

 すんなりと伸びているけれどただただまっすぐというわけでもない、ほど良くふわふわとしている蜂蜜色の髪も、丸すぎず細すぎず見ていると触りたくなってくる頬も、ダームエルが独り占めにすることになるかと思うと面白くありません。
 わたくしは少し唇をとがらせましたが、同時にはっと気がつきました。今のフィリーネの寝姿は、今しか見ることができません。成長中の、五年生のフィリーネがまぶたを閉じているさまは、ダームエルですら見ることのないもののはずです。
 側仕えとわたくしだけの特権。そう思うとわくわくしてきました。今のうちに、ダームエルも知らないフィリーネの愛くるしい様子をたくさん見ておくのです。

 ……どうやって起こそうかしら?

 急にゆさぶったり大きな声をかけたりして驚かせたら可哀想ですし……ダームエルも得られない経験かと思うと、指先がうずうずしてきます。
 わたくしはまず、触れる程度の力で頬をそっとつついてみました。フィリーネはなんの反応もしません。何度かつついてみたあと、顔のふちまで指を滑らせてあごの線を軽く撫でてみましたが、まだ何も動きがありません。よほど深く眠っているのでしょう。
 悪戯好きの神として知られるリーベスクヒルフェのお導きでもあったかのように、わたくしの心にはさらなる興味と衝動が湧き上がって来ました。

「フィリーネ」

 小さな声で呼びかけて、耳の下に触れます。少しだけ、まぶたが動いたような気がしました。

「……フィリーネ」

 声は小声のまま、わたくしの顔を耳に近づけて、もう一度。指先では首を撫で下ろします。

「……ん……ぅ……」

 小ぶりな唇から、息が漏れました。

「朝……だぞ」

 思いつくままに、わたくしはできるだけ低い声を出しました。殿方のような言葉がイズベルガ達にも聞こえないよう、耳元に口を寄せて。

「ん……」

 そのままふっと息を吹きかけると、フィリーネはまた少し声を漏らしました。わたくしはますます楽しくなって、フィリーネの耳の周りを指でこそこそとくすぐります。髪と同じ蜂蜜色のフィリーネの眉がぎゅっと寄りました。

「んぅ……」

 触らないで欲しい、というように肩がすくめられます。ならば、もっと触れるしかないでしょう。わたくしはより熱心に耳の後ろや隠しきれていない首筋をまさぐりました。

「ふ……ぁ……はぁっ……」

 フィリーネが大きく息を吐きました。もうそろそろ目も覚めるでしょう。わたくしのちょっとした悪ふざけもおしまいです。仕上げとばかりに唇を近づけ、思い切り耳に息を吹きかけると、フィリーネは雷に打たれでもしたかのように全身をびくつかせました。

「あんっ! はぁ…… や、やめてくぁさいませ……! ……だーむえぅ……」

 ……わたくしも、雷に打たれたように止まってしまいました。

「フィリーネ!?」
「はいっ!? ……ふぇ、え、あ、ユーディット……?」

 飛び起きたフィリーネがみるみるうちに耳まで赤くなります。

 ……自分がどのように寝ぼけたか、わかっているのですか。

 なぜダームエルと間違えたのか。つい間違えるようなことを、つい間違えるほど、日常的にしているのか。問うまでもなく、答えが書いてあるような顔ではありませんか。

「ろ、ろ、ろ、ローゼマインさまーー!!!」

 混乱のあまりオルドナンツの魔石を取り出したわたくしと、それを必死に止めようとしているフィリーネの姿に、飛んできたイズベルガとわたくしの側仕えのフレデリカは顔を見合わせて首を傾げました。




   おしまい








 お読みいただきありがとうございます。

 ユーディットはフィリーネもダームエルも両方好きで、それゆえに二人の間で我慢していることも多そうな気がしたので、少しばかり気晴らしをしてもらいたちような気持ちで書きました。……気晴らしになったかどうかわからないようなオチがつきましたけれど。

 少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


※なお、ダームエルは冬を到来させてはいません。あくまで衣服を崩さずにできる範囲で愛でています。ただし魔力は流しています、と言いますか、貴族院で会えなくなる前に全力で流しましたので、もしバレたらすごい目で見られたりすごい目で睨まれたりすると思います。隠蔽の神 フェアベルッケンのご加護がありますように。


2018.10.10 『外伝 一年生』にフレデリカの名前が出ましたので、書き加えました。

2020.6.2 ユーディットの卒業後の進路の予想が変わってきたため、本文を少し書き直しました。

2022.7.24 ユーディットとフィリーネの卒業後の予想がまた少し変わったため、細かい改稿を行いました。フィリーネの貴族院での側仕えについても新規の情報がありましたが、イズベルガの可能性が高いだろうと思い、イズベルガのままにしています。(イズベルガが紹介した他の縁者になっている可能性もありますが、それはかなり低いだろうと考えられます。)

2025.10.20 微細な修正。2022年7月より後にも情報追加があり、ユーディットの進路予想は変わってきていますが、もう内容変更はいたしません。



[本好きの下剋上ファン作品 No.02]

#ダムフィリ #ユデフィリ #ユーディット #フィリーネ #本好きファン小説